サービスデザインを最近勉強しています。
サービスデザインは「インタンジブル(無形)のデザイン」とも置き換えることができます。特徴は、サービスとユーザ間のタッチポイントを形成するステークホルダーや利用文脈をデザインすることに焦点をあてていることです。
つまり、エンド・ユーザ観点で語らてきたエクスペリエンス・デザインの文脈にエンタープライズ(企業や事業が提供するサービス)の観点が加わりました。今年春に日本で初めてのサービスデザインをテーマとするカンファレンス Serivce Design Japan Conference 2013 が開催され、当イベントの基調講演にて Service Design Network の発起人である Birgit Mager 氏は言いました。
Service Design aims to ensure service interfaces are useful, usable and desirable from the client’s point of view and effective, efficient and distinctive from the supplier’s point of views. ー Birgit Mager
(サービスデザインはクライアントの観点からすべてのサービス上のインターフェイスが使いやすく、価値があり、かつ好ましいものであること、そしてサービス・プロバイダーの観点から効果的かつ効率的で特有なサービスづくりを目的としています。)
ユーザエクスペリエンスの最終到達地点はサービスデザインなのかもしれません。優れたユーザエクスペリエンスまたはサービスの実現にはサービス・プロバイダー(提供者)である組織そのものを対象としたデザイン(問題解決)的アプローチが不可欠です。
(参照元:Service Disciplines: Who does What, When, Where and How?ーサービス提供にはマネジメントやエンジニアリング観点の配慮が求められる。)
情報アーキテクチャ界隈でも同様のシフトが起こっています。「Pervasive Information Architecture」でも言及されているとおり、企業全体を範囲としたオペレーションとシステムの最適化を図る「エンタープライズ・アーキテクチャ」の重要性が増してきています。単なるモデル化だけではなく、システム・アーキテクチャを様々な観点からあるべき姿に近づけるための仕組みやプロセスにフォーカスをあてています。エンタープライズ・アーキテクチャをユーザエクスペリエンス・デザインの一部として捉えると、企業全体のサービス戦略とアーキテクチャとの整合性担保に欠かせないことがお分かりいただけると思います。サービスデザインも同様です。
企業の未来を切り開くための活動を総合的に支援している各種コンサルティング会社の最新動向がそれを物語っています。米アクセンチュアはデジタルマーケティングビジネス強化のためにロンドンに本社があるサービスデザイン・コンサルティング会社 Fjord を買収し、米マッキンゼー・アンド・カンパニーは当ブログでもご紹介したとおり、サービスデザインに似た活動を開始しています。
デザインの強みは、ひとつの定義におさまっていないことだと思います。MIT が「What is Design?」と題されたセッションを開催する程ですから。今年に入り、サービスデザイン関連の書籍が2冊発売されましたが、それぞれがサービスデザインをどのように解説しているのか、ご紹介していきたいと思います。
This is Service Design Thinking: Basics, Tools, Cases
「This is Service Design Thinking(※翻訳版)」ではサービスデザインを以下のように定義しています。
Understanding the value and the nature of relations between people and other people, between people and things, between people and organizations, and between organizations of different kinds, are now understood to be central to designing services.
(サービスデザインとは、ヒトとヒト/ヒトとモノ/ヒトと組織/組織と組織間のつながりをサービスデザインの中核的価値として理解することです。)
This is Service Design Thinking: Basics, Tools, Cases Marc Stickdorn Jakob Schneider Wiley 2012-01-11 売り上げランキング : 6174 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
専用サイトにてテンプレートが無償で公開されている「The Customer Journey Canvas(カスタマー・ジャーニー・キャンバス)」では、人と物とのつながりを理解することができます。サービスのステージを大きく3つに分類し、ユーザの expectation(期待)と実際の experience(体験)を対比するができると共に、結果としてユーザの satisfaction(満足度)を可視化できるように工夫されています。
This is Service Design Thinking - Book Trailer ...
但し、カスタマー・ジャーニー・マップを描くことそのものがサービスデザインではありません。確かに、サービスの全体像やユーザの総合的なエクスペリエンスを一枚絵で把握、検証することができるのでサービスデザインの代表的なツールではありますが、サービスとユーザ間のタッチポイントを形成するステークホルダーが十分に配慮されていません。ユーザに歩み寄るもその背景にある自身の組織形態やオペレーションの結果として存在しているサービスであるという理解を早期に促さなければ、サービスデザインは成立しないように思えます。
各種ステークホルダーのサービスとのつながりやステークホルダー間のつながりを分析する「Stakeholder Map(ステークホルダー・マップ)」、サービス全体の青写真を描く「Service Blueprint(サービス・ブループリント)」がその参考になります。Customer Journey Canvas と統合することも可能です。
(参照元:Embedding Innovation in Service: a SECI+Design Frameworkーカスタマージャーニーマップの下部に、提供しているサービス、プロバイダー及び関係するサポーターのプロセスを記載する欄が含まれている。)
本書ではこれまでにご紹介したサービスデザイン・ツールを通じて、サービスデザイン思考の5原則を解説しています。
- ユーザ中心(User-centered)ーサービスはユーザの目を通して体験されるものである
- 共創(Co-creative)ー すべての関係者がサービスデザインのプロセスに関わる
- 連鎖(Sequencing)ーサービスは、相互に関係する活動の連続として可視化する
- 根拠に基づく(Evidencing)ー無形なサービスは、物理的な人工物によって可視化する
- 全体的(Holistic)ー サービス全体の環境をよく考慮する
カスタマー・ジャーニー・マップにストーリーボードのような写真を同時に掲載することでユーザ中心性を維持するなど、各原則に基づいたアドバイスと共に豊富な事例を紹介しつつ、ユーザ調査からプロトタイプまで幅広いサービスデザイン活動を取り扱っています。
Service Design: From Insight to Implementation
The value of gaining real insights from all stakeholders-customers, staff, and management-is only half of the story. Translating these insights into a clear service proposition, and experience prototyping the key touchpoints, are essential.
(すべてのステークホルダーや顧客、スタッフ、そしてマネジメントから深い洞察を得ることはサービスデザインの本当の価値ではありません。本来の目的は、これらの洞察をサービス提供価値へと昇華させること、及び主となるタッチポイントを実際に共創していくことにあります。)
「This is Service Design Thinking」は手法やツールを軸にサービスデザイン論を展開していましたが、ローゼンフェルドより出版されたもう1つのサービスデサインの教科書「Service Design」は その前段となる、サービス科学や理論に重きを置き、必要となるマインドセットやセンスをエンタープライズの観点から紹介しています。
Service Design: From Insight to Implementation Andy Polaine Lavrans Løvlie Ben Reason Rosenfeld Media 2013-03-13 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
Services are [...] relationships between providers and customers, and more generally, that they are highly complicated networks of relationships between people inside and outside the organization.
(サービスは プロバイダーとカスタマー(顧客)とのコミュニケーションであり、それ以上に組織内と組織外の人間を繋ぐ、複雑化するコミュニケーション・ネットワークのことです。)
本書で良く言及されているフレーズは「コミュニケーション・ネットワーク」でした。実態としてのサービスは、あくまでも組織内と組織外のヒトを繋ぐフィルターであり、ヒト対ヒトのコミュニケーションが発生しています。サービスにおけるエンタープライズとカスタマー(顧客)の関係性については下記図にまとめられているとおり、エンタープライズはカスタマー(顧客)に対して「信頼」を提供し、カスタマー(顧客)はエンタープライズに対して「価値」を提供します。双方の繋がりによって構成されるサービスを現したこの図を、本書は「Service Relationship Model(サービス・リレーション・モデル)」と読んでいます。
サービスとサービスの繋がりも存在します。サービスデザインの落とし穴のひとつは、オンライン上の活動を、対象サービス内に限定してしまうことだと思います。Google によると、意思決定前に複数の情報リソースを参照するユーザ数がこの2、3年で2倍以上増加したというリサーチ結果もあります。クロス・チャネルならぬクロス・サービスへの理解を深めるために、「Service Blueprint(サービス・ブループリント)」よりもマクロな観点から対象サービスを取り巻く環境などのメタ情報、及びその他サービスとの繋がりを可視化した「Service Ecology Map(サービス・エコロジー・マップ)」がとても印象的でした。
(参照元:Flickr from Rosenfeld Mediaーその他サービスとの繋がりをだれが、いつ、どこで、なにを、どのように、なぜの軸で整理し、モチベーションのトリガーとなっている要素に印を付けている。)
「Service Ecology Map(サービス・エコロジー・マップ)」の目的は、サービスの経済圏に関与するステークホルダーを出来る限りすべてマッピングし、繋がりを可視化することで対象サービスに間接的/直接的に影響のある因子を特定することにあります。加えて、それぞれの因子の位置関係や役割を再編するなどして新しいコンセプトの計画にも役立てることができるので、事業開発の分野などにも応用できそうです。
それぞれの手法をビジネスモデル・キャンバスを軸にまとめてみると、下記のような関係図・プロセスになります。
サービス・エクスペリエンスをデザインするために必要なマインドセット
最後に、今回ご紹介した2冊でも繰り返し言及されていますが、サービスをデザインする上で必要なマインドセットをまとめてみました。
- 人々「のために」デザインするのではなく、人々「と一緒に」デザインする。
- サービスは(組織内・組織外問わず)人々の共創によって創られる。
- サービスの質はユーザの期待と実際の体験のギャップによって決まる。
- ユーザだけではなく、エンタープライズ全体もデザインする。
更に、先月末に米国のサンフランシスコに拠点を置く世界初のユーザエクスペリエンス・デザインを専門するデザイン・コンサルティング会社 Adaptive Path を訪れた際に担当者が語った言葉がとても印象的だったので、忘れないように追加したいと思います。
- UX(ユーザエクスペリエンス)かSX(サービスエクスペリエンス)かではなく、サービス(無形)かプロダクト(有形)かで考える。
- サービスデザインはチェンジ・マネジメントだ。
先ずはひとつめ。これは「The Elements of User Experience」の著者で有名な Jesse James Garrett が口にした言葉です。サービスデザインを手掛ける事業を新たに設置し、ユーザエクスペリエンス・デザインを表に出さなくなった Adaptive Path の彼ならではの回答であると思います。前述したとおり、サービスデザインはユーザエクスペリエンス・デザインの最終到達地点であり、この両者は比較されるべきではありません。
ふたつめはエンタープライズのデザインに大きく関わってきます。Adaptive Path の事例を伺っていると、カスタマー・ジャーニー・マップをプロジェクト関係者全員で描くワークショップを開催した際に、あわせてサービス・プロバイダーの人事部やプロセス・デザイナーを招いたそうです。プロセス・デザイナーは日本に置き換えると工程改善や生産管理に相当する部門だと思われますが、サービス提供価値に従ったサービス体験の実現に向けて、いまもオペレーションの改善に向けた人材強化を続けているとのこと。それはまさにチェンジ・マネジメントであると話します。