"Agile Experience Design"は先日開催した「Agile UX NYC 2012 Redux in Tokyo」のパネル・ディスカッションでもご紹介した書籍です。はじめの挨拶にある、「エゴでデザインしていないか?」という言葉には胸が打たれました。結局のところチームワークで進めていくプロジェクトにも関わらず、ブラックボックス状態で完全に隔離されている空間で価値を見出そうを悪あがきを繰り返しているだけなのではないかと自覚するようになりました。
Agile Experience Design: A Digital Designer's Guide to Agile, Lean, and Continuous (Voices That Matter) Lindsay Ratcliffe Marc McNeill New Riders Press 2011-11-28 売り上げランキング : 78211 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書はアジャイル開発のフレームワークに従ってエクスペリエンス・デザインの価値を最大化するための「コラボレーション」を基軸としたデジタル・デザイナーズ・ガイドブックです。正に"AgileUX"のバイブルと言っても過言ではないと思います。
アジャイルなプロジェクト・デベロップメント・ライフサイクル
繰り返しますが、UX デザインの世界はエゴ・ドリブンになりがちです。デザイン・プロセスはデッドラインをどこに置くかによって左右され、これは工業化時代に大規模な工業製品を設計・開発する際には有効ですが、情報化時代に至ってはテクノロジーの著しい進化に伴い、人間・社会・環境の変化が問われています。
デジタル世界のウォーターフォール―本書では Waterfall System Development Life Cycle(SDLC)と称されていました―におけるデザイナーのロールは、オフライン・メディアの設計・開発によく似ていると言われています。多くの変化を最小限に留めるためのマネジメントを可能にしている一方で、プロセスが進むにつれて費用が嵩み、クリティカルな変化を受け入れない性質があります。
(The cost change in the project life cycle)
アジャイルと UX デザインのコラボレーション
ウォーターフォールではデザインとビジネスのステージが分離されてしまっているが故にビジネスへの理解が乏しくなってしまいます。そのため、このままでは変化に柔軟に対応できなくなる恐れがあることは確かです。とはいえ、デザインは既にアジャイルであると指摘します。UX デザインのプロセスは独自で PDCA サイクルを廻すアジャイルであったものの、ウォーターフォールではデザインという1つのステージに圧縮されてしまっているのが現実です。
その一歩として紹介されているのが、「Design Disciplines(デザイン・ルール)」をアジャイル開発に適応させるアプローチです。その前提として、"Agile Experience Design"はビジネス、エンドユーザ、テクノロジーの観点から考慮されている必要があります。
この思想は以前ブログでもご紹介した Lean Startup の1つのコンセプトでもある"Product Stewardship"に基づいた設計とも言えます。
(Agile Experience Design(AXD) considers business, end customers, and technology)
- Design Thinking
- Service Design
- Product Design
- Graphic Design
- UX Design
エクスペリエンス・デザインのバリュー
次にアジャイル開発における UX デザイン上の戦略(バリュー)について触れられています。本書は以下の4つのキークエスチョンを抑えることが我々(UX)の使命であると話します。
- なぜ(Why)アジャイル開発をやっているのかを理解する(ビジネス上の課題や可能性を十分に見極める)。
- 誰に(Who)対してやっているのかを理解する(1番目の課題や可能性に対してベネフィットを得られるカスタマーを見極める)。
- デザイン上の挑戦は何で(What)、課題を解決するための幾つものアイディアを生み出せるかを理解する(アイディアを洗練させ、提供するエクスペリエンスを体現するための適切なソリューションを見極める)。
- どのように(How)プロダクトやサービスのビジョンを創り出すのかを理解する(ビジョンを遂行するためのデザインやデベロップメント・プラクティスを見極める)。
(A process for specifying value)
アジャイル・フレームワークとタクソノミー
"Agile Experience Design"のフレームワーク・モデルを採用することによって、開発サイクルが進むにつれて不確実性要素を効率的に防止する効果があります。下記図でもあるような、くねくねとしている曲線は恐らくチームメンバーの方向性が表現されている想定されますが、確かに、プロジェクトの冒頭では一見は煩雑(無駄)に見えるが後半になると方向性が定まり、円滑に進むようになります。
(Agile Experience Design Project Framework)
そして、本書ではエクスペリエンス・デザインを価値を最大限に高めるべく、理想とされる体制と各役割についても解説しています。その中でも本書は3つの思想に重きを置いていました。
(Taxonomy of Experience Design)
- Design Thinking:ノン・デザイナーなスタッフでもデザイナーのクリエイティブなメソッドを活用し、より戦略的かつクリエイティブなアプローチを実現するための手法。
- Service Design: シングル・システムとのインタラクションを示すユーザインターフェース・デザインに対し、サービスデザインは対象のプロダクト/サービスとカスタマーとのクロスチャネル・チェーンを全て網羅するエコシステム・デザイン。
- Lean Start-up: エクスペリエンス・デザインの真髄はテストを早期に実施し、持続的にアイディアを発展させていくことだったが、リーン・スタートアップはビジネス・ケースのテストから全てが始まる。
まとめ
最後に、アジャイル開発におけるエクスペリエンス・デザイナーの役割とスキルについてまとめています。
エクスペリエンス・デザイナーとは、
「デザイン・ビジョンを創出し、カスタマーがプロダクトやサービス、あるいは全体のシステムとのエンゲージメントの際に発生するエクスペリエンスを提供するためのデザインの方向性をドライブする人である。」
これまではプロジェクト・ライフサイクルやプレイヤーの解説と適応方法について紹介してきましたが、まだ触りの部分です。本書が魅力的だと感じたのは、デザイナー・デベロッパー問わず第三者の観点で"Agile Experience Design"の実現に向けたアプローチを解説していることにあります。例)
- プロジェクト・メンバーの役割とレスポンシビリティ
- Product Stewardship におけるコラボレーション
- UX デザイン技法の Agile 開発への適応方法(ペルソナ、ストーリーボード、エクスペリエンス・ジャーニー・マップなど)
- イテレーションとデザイン(UI フレームワーク)の進化論
- 各種アウトプットの評価方法とプロジェクト成功の定義
リーンやらアジャイルやら人間中心設計(ヒューマン・センタード・デザイン)やら「ものづくり」に関わるコンセプトが幾つも誕生してきていますが、冒頭の「なぜ」「誰に」「何を」「どのように」を答えるためのヒントが散らばっているだけのような気がしています。結局のところ、成功を収めるためには
- 正しいプロダクトを(ビジネス、テクノロジー、デザイン)
- 正しい人々に(ヒューマン・センタード・アプローチ)
- 適切なタイミングで(リーン、アジャイル)
- 正しいエクスペリエンスを提供する(ヒューマン・センタード・デザイン)
ことを念頭においてビックバンを起こさなければいけないと感じました。改めて、1年から2年かけて多額な予算を投資してマーケット・プレイスで失敗するよりも、我々のアイディアが上手くいっていないことを早期に把握したほうがよほど効率的です。